不老不死に対する価値観の差について
こんばんはyutaです。
残念ながらGWも終盤ですね。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は大学のときの友人3人で旅行に出かけました。そこで、それぞれの人生の価値や死生観についても話し合いましたが、その違いはどこからくるのでしょうか。
私は必死で、死ぬことの怖さ、意味を伝えようとしましたが、彼らには彼らなりの信念がありその考えが変わることはありませんでした。彼らの信念とは…
友人 U 「自分の祖父の最後の瞬間を看取ったときに、祖父はとても満足そうで、とても死を恐れているようには見えなかった」「自分が消えたとしても、自分が居たことや、やった事実は消えない」 GLAYネタを引っ張れば、少しTAKUROさんに近い考えかもしれません。
友人K「死ぬのは怖くない、なぜなら人は皆死ぬから」「今死ぬのは怖い、なぜなら今この年齢で死ぬのは異常だし普通ではないから」じゃあいつなら怖くないの?と聞くと「70歳ぐらいは普通だからそれぐらいじゃね?」「頭悪いから想像できてないのかもしれん」 うーん、この友人は普段からすごく合理的ではあるものの、独特の考えを持っているのですが、私には理解ができませんでした。
しかし、子供の頃の死の恐怖を克服し、大人として生きていく上では、とても良い考え方なのかもしれないとも思います。
私達のように不老不死を諦められない人間がいる一方で、大半の人々はそんなことは無理だと諦めています。諦めた上で生きていくためには、それまで各々の人生で培った信念や、宗教のようなものも必要なのかもしれません。
ある意味で私が生きていく上で必要なことが、不老不死が達成可能ですあると信じ行動することなのかもしれないと思いました。
哲学的な話なので読みにくくてごめんなさい。

この記事は、旧ブログ『私たちは死なない』(Ameba)からの移行記事です。